NHKの100分de名著でギュスターヴ・ル・ボンの『群集心理』が取り上げられました。その中で群集をばい菌の集まりと表現していると説明していました。また、今だったら群集つまり人々をばい菌(バイキン、黴菌)扱いしたらSNSで炎上間違え無しと少しネタにしていました。
ただ、私は単なる誤訳に近いものだと感じます。原文だと単にバクテリアなどの微生物を示す言葉ではないかと想像していました。ただ、それでは単に憶測なので、実際に群集心理の原文を探し出してみました。
原文はフランス語ですが、幸いネットに原文があり、フランス語が分からなくても翻訳できます。そう、ググって原文を探して、Google翻訳で訳せばよいわけです。
まず、群集心理の原文はPDFで公開されていました。
https://www.infoamerica.org/documentos_pdf/lebon2.pdf
この中で、黴菌が出てくる問題の箇所を読んでいくと
Par leur puissance uniquement destructive, elles agissent comme ces microbes qui activent la dissolution des corps débilités ou des cadavres.
があります。これが日本で有名な『櫻井成夫』訳では
あたかも衰弱した肉体や死骸の分解を早めるあの黴菌のように作用する。
とされています。一方で先ほどの原文をGoogle翻訳すると
その独特の破壊力は、衰弱した体や死体の溶解を活性化する微生物のように作用します。
問題のバイキンに相当する単語はmicrobesです。フランス語では単に微生物の事を示します。特に有害無害は言及していません。
私が考えるに、単に分かりやすい例えとして、群集と微生物による大型動物の分解を対比させただけだと考えます。微生物が大型の生物を分解する場合でも、生ごみの分解など有用なものもあれば、傷口が化膿するなどの害のあるものもあるわけです。
このように翻訳の文献を読むときに、キャッチーな言葉が出た場合は、一度原文を当たるのが良いと考えます。昔の東宝東和の映画(バタリアンが有名)じゃないが、翻訳された側で勝手に大げさにされている場合もあります。
他には訳者のミスもあります。いわゆる「ハンロンの剃刀」です。単に能力不足で発生しているだけでそれ以上の意味は無いというものです。
JSバッハの『平均律クラヴィーア曲集』がありますが、あれも誤訳であると言われています。バッハの意図したところは、今でいう平均律ではなく、単に12の調性を一つの音律で演奏できるものとしたと言われています(具体的にはヴェルクマイスター音律ともいわれています。)。
ただ、理由はどちらにしても一度原文を当たれば解決できる話でもあります。今はネット検索で机の上から一歩も出ずにこの程度の調査は可能です。ぜひ、このような癖をつけてみて下さい。